【旅行記】小笠原諸島旅行記 ~旅立ち

※2013.3月過去に行った旅行記です。
現在コロナ過の為、小笠原諸島に行く際にはPCR検査を受け入島する事を、強くお勧めします。安心、安全に旅行を楽しみましょう。

いざ!乗船!

日本一遠い日本へ行った時の旅行記です!


日本世界遺産の島。


なぜ?小笠原へって?
そこにロマンがあるからです!

生きている間に日本の世界遺産には行きたいな、と思ったのが旅行のきっかけ。もちろん、海、自然が大好きな事もありますけどね(^^)


小笠原へは船で25時間半、おがさわら丸で行きます。一度行ったら、次の船が出るまで小笠原に滞在しなければ行けないので、最低でも6日間の日数が必要になってきます。

酔い止めは必須かも。


3月はザトウクジラが見られる季節という事で、春に私は行きました。

当日 10:00~ 出港
次の日の ~11:30 小笠原へ入港予定。

25時間半の船での長旅です。
それは未知です。

しっかり酔い止め飲みました♪

レインボーブリッジの下を通る

一人旅ですが、同じように一人旅の方が結構多くいたように思われます。

さっそく隣になった人と色々お話して仲良くなりました。その方は一度、小笠原諸島に行った事があるようです。

その方
その方

その時はGWで人が800人ぐらい。二等室は、足を伸ばすのも大変だった

今回は400人ぐらい。私自身、混んでいるのが嫌なので、少なそうな時期を選んで正解!お腹も空いたので、その方と一緒に食堂へ。

動かないようにしっかりと固定されてました。

『おが丸風 島塩ステーキ』堪能♪
おいしかったです(^^)

昼食後は、デッキへ出て景色を堪能。

でも、しばらくすると…


すぐにやることをなくします。

おがさわら丸では、船内ツアーというのがあるんですが、風も強く、視界も悪いということで、行われませんでした…残念!

操舵室とか見れるらしいですよ。写真も撮れるという事だったんですが…残念!

それでもブラブラと船内探索。デッキスナック行って小腹が空いたのでたこ焼き食べたり…その出会った方と、ずっとしゃべっていてもまだまだ暇。

波&風が強く外にも出れなくなり夜になったので、また、デッキスナックへ。

オリジナルカクテル
『デルフィーノ』

を飲む。お酒は飲めませんが、せっかくの旅行たまにね(^^)

船が揺れるからですかね、ガラスのコップではなくプラスチックのコップ。確かに、ガラスだと気を付けてても揺れで落として割れそうですものね。

もうあとはね、ホントねただただ…
寝る。

まぁ~よく揺れたけど、酔うことなく朝。

見えてきました。
小笠原諸島、父島 二見港です!

もうテンション上がりまくり!
ホント、海が綺麗!


小笠原の海は、浅葱色(あさぎいろ)、瑠璃色、新橋色…それらをすべて混ぜたような特有な彩を親しみを込めて

『ボニンブルー』

と、呼ぶようです。

停泊していた『にっぽん丸』豪華客船ってやつですか!

次の日の
ホエールウォッチング&ドルフィンスイム
の確認をし宿の方のところへ。各宿プラカードを持って待ってくれています。

宿は「シーフロント」さんにお世話になりました。

シーフロントさんは、屋上に出ることが出来、そこからの眺めもまたよかったです。

この宿を選んだ理由が、屋上から星を撮りたいな~っと思って選びました。

せっかく小笠原諸島に来たのだから、お昼ご飯を「島寿司」にしようと思い、宿の方に島寿司のおいしい所を聞いたら、お勧めの島寿司のお弁当があると。しかも、そこまで車で乗せて連れて行ってくれました!

美味しかったです!
小笠原に行った際は、必ず食べてほしいですね。

さぁ半日を使って、
戦跡ツアーと夜はナイトツアーだ!
続く。

国内旅行、小笠原諸島への旅行もあるよ!

小笠原は、海底火山の活動の地殻運動で隆起した島。

今まで一度も陸続きになったことがありません。そういう島を海洋島と言うそうです。長い年月を掛けて、鳥・鳥の糞、風が運んでくるもの、漂流物糖を介して自然が作られ今に至り沢山の固有種が生息している。

1862年 咸臨丸(かんりんまる)入港1875年 セーボレー二世(マテオ・マザロ、ナザニエル・セーボレーら数名が父島に最初に入植)らと会見し、再回収に成功。

1876年 国際的に日本領土。
1921年 小笠原の全盛期へ。
1945年 3月に硫黄島が陥落、8月に終戦。
1946年 1月に米軍の軍政下に置かれる。
1968年 6月26日に小笠原が日本へ返還され、小笠原村発足する。
1979年 4月に村政。
2011年 6月にユネスコの世界自然遺産に登録が決定。

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