【旅行記】小笠原諸島旅行記 ~お別れ。

※2013.3月。過去に行った旅行記です。
現在コロナ過の為、小笠原諸島に行く際にはPCR検査を受け入島する事を、強くお勧めします。安心、安全に旅行を楽しみましょう。

時間なんてあっという間に過ぎる。
それこそ楽しい時間なんてあっという間ですね。

母島、もっと居たかったなぁ~。

船までの時間があるのでとりあえず、宿から近い小剣先山に登る事に。母島来てからなんだか登ってばかりだ(^^)

最初はなだらかな道を登って行きます。

天気もよく気持ちがいい♪

しばらく行くと…
急に出て来たゴツゴツした岩場!

鎖を頼りに岩場を登ります!

小剣先山の頂上。
そこからの眺望です。

急な斜面は登りましたが、そこまで時間もかからず頂上まで登れると思います。

ホントに風が気持ちよくてさっさと降りるつもりが、ボケ~っとしばらくその場で佇んでいました。

後から登って来た大阪のご婦人達と挨拶を交わし、ロース記念館にも行ってみたかったので下山。そこでまた出会ったお馴染みの緑の憎めないやつ。

グリーンアノール
外来種、ホイホイされちゃう奴だ!
↓ホイホイとはこちら↓

今度は少しアップで撮影。
彼らも悪気はないんだッッ、、くぅ

ロース記念館。

ここの館主さんが、そりゃまぁよ~~しゃべる!しゃべりまくる!

ホント面白い方で時間があったら、もっとお話していたかった。とても面白い方でした(^^)

中には郷土資料や戦前の写真などが。
写真撮っていいという事だったのでパシャパシャ。

他にもロース石で作られた七輪やかまど、色々なものがありました。

ロース石(ロースいし)
小笠原諸島の母島でかつて産出されていた石材。

江戸時代末期に母島に居住していたドイツ系住民フレデリッキ・ロルフスラルフが発見し、後に移住してきた日本人に利用方法を伝えたことから、ロース石の名がついた。凝灰岩質で、耐火性に優れ加工がしやすいことから建材のほかかまど、七輪、石臼、流し台などに加工されて用いられてきた。

引用:Wikipedia

小笠原は捕鯨の拠点だったみたいです。
鯨が解体されている写真もありました。
(残念ながら写真なし)

そろそろ時間になる頃。
宿に戻り、車で港まで送ってもらう事に。

ははじま丸再び!
ってこれっきゃないからね。

甲板に出て鳥を狙います。
望遠レンズが欲しくなります。。

カツオドリがぴゅーん!

しばらくして父島着。

『ははじま丸』から『おがさわら丸』
小笠原諸島ともお別れ…。

最後に、島民の方々、沢山の方が見送りに来ていました。

この時は三月という事もあり、
先生へお別れの見送り…
高校生が卒業して内地へ行く見送り…

様々な人生模様がありました。

宿の方から貰ったハイビスカスですかね、ヒラヒラと海に舞い落ちる…。

出会いもあれば、別れもある。

おがさわら丸が出港すると、しばらく島民の方々が自分達の船で見送ってくれます。

今回は内地に向かう卒業生の件もあり、沢山の船が見送りに出ていたという事でした。

しばらくついてくると、最後は海へ飛び込む見送りダイブ!

感動。

「行ってらっしゃい!」
それが島民の方々の言葉さハニ~♪ 

もちろんそれに答えて…
「行ってきます!」

えぇ~また行きますよ、小笠原!
待っていろ、小笠原!


25時間半の船旅なんて、へっちゃらだい!!

帰りは帰りで隣の方が写真がうまく、色々なところへ行っている方だったので、沢山おもしろいお話を聞かせて頂きました。そして、その方の素敵な写真を見せてもらいながら大都会東京へ。

あ~帰りたくない…
船からの夕日を。

小笠原諸島の島々は、家族の名前になってます。その由来は…

島々の配置は、南北に連なり、あたかも家族のように並んでいるので、中央を父島群島、南を母島群島とし、北を聟島群島とする。

引用:Wikipedia

父島では歴史に触れ、海に潜り、鯨や海豚に出会う事が出来ました。

母島では昼間、絶えず鳥の鳴き声が聞こえてきます。

南島では、唯一無二の自然を残そうという自然を愛する人々の想いがありました。

何千万年という時を経て
「大地」が出来「自然」が出来る。

たかだか数千年の人間が自然を壊している。いけませんよね。
「自然」「共存」し、守っていかないと行けないと思います。

人間の手で壊してしまったんだから。

東京にいると鳥の鳴き声が聞こえません。

ふと、小笠原ではあんなに聞こえたのにと。
冷たい、寂しい気持ちにちょっとなりました。

あ~やっぱり、自然が大好きだなぁ。

『行ってきます!』って言った手前、また、小笠原に帰らないとな(^^)

いずれ、また。

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